ぼくたち、わたしたちの未来、勉強中です!

取材・レポート

「鴨池公園こどもログハウス」は、幼・小・中学生が無料で遊べる施設です。2階建てですが、地下には立体迷路があり、まるで秘密基地のよう。一日中いても 楽しく、ワクワクのつまった場所です。緑道沿いの自然たっぷりの中にあり、最寄り駅は市営地下鉄センター南駅・都筑ふれあいの丘駅からそれぞれ遊歩道歩い て20分位。センター南駅からバスで御影橋下車徒歩10分。仲町台駅、東急田園都市線江田駅からもバスが出ていて最寄りのバス停池田下車から徒歩5分で す。

ログハウスに入ると優しいスタッフさんが出迎えてくれます。今回取材に対応して下さった方は、鴨池公園こどもログハウスのスタッフリーダーである牛木真由美さんです。牛木さんに、「今までで困ったことはありましたか。また常に気を付けていることはありますか。」と質問すると、「常に気を付けていることは、安全第一であることです。こどもたちがケガをしないように日ごろから気を付けています。困るのは、ルールを守らないで遊ぶこどもたちです。皆がお互いを思いやり遊べるといいですね」。と答えて頂きました。

休日には1日に約400人もの人が利用することもある鴨池公園こどもログハウス。

そんなにたくさん人が利用しているのに、あまり怪我をしないのは、見えない部分での工夫があるからです。危険な所にはネットを付けたり、防犯カメラを設置していたり、毎日午前と午後に各2回スタッフが点検(見回り)をしてくれていたり。また、夏はとても暑く、熱中症になりやすいので、入口にミストシャワーの設置、クーラーやうちわ貸出など の工夫もしています。… 続きを読む

「ライオンキング」や「キャッツ」などさまざまな舞台で日本で知らない人がいない劇団四季。その本部が青葉区あざみ野にありました!

劇団四季の創立は1953年7月14日。「演劇に革命を起こすんだ!」という意気込みから、フランス革命と同じ日に設立したそうです。お芝居が好きな大学生10名が集まり、スタートしました。やがてミュージカルを上演するようになりますが、それは設立メンバーに音楽が好きな人が多かったからかもしれません。ここ、あざみ野に芸術センターができたのは1983年。この年は劇団四季が初めてキャッツを上演した年でした。劇団四季ではバラエティに富んだ舞台を上演していて、もちろん、見に来る人の年齢もさまざまですが、たとえば、ライオンキングは家族連れが多く、オペラ座の怪人やセリフ劇は大人が多いなどの傾向もあります。

劇団四季といえば、ミュージカル。日本に昔からある「歌舞伎」。歌(うた)、舞(まい)、技(わざ)という、そのこころが、もしかしたら西洋のミュージカルと通じる物があり、日本に広く受けいれられたのではないか、と広報の久保さんは話してくれました。

ミュージカルでは、たくさんの役者さんが出演しているように見えますが、ライオンキングは39人、キャッツは24人だそうです。舞台の主役は、入団してすぐにできる人もいれば、長年、練習を積んでようやく主役になれる人、また、なれない人もいるとのことです。厳しい世界だな、と思いました。建物の廊下に「なれ、だれ、くずれ=去れ」「1音落とすものは、去れ」と大きく張り紙がしてあり、それを貼ってあるテープは茶色く変化していて、年月を感じました。すごいところにきちゃった・・と思い、身が引き締まる思いでした。

お話を聞いたあと、レッスンを見ることができました。レッスンは研究生からベテランの人まで一緒に、毎日基礎練習を行うそうです。私たちが取材した日も、たくさんの人(50人はいたと思います)が発声練習やバレエのレッスンを受けていました。レッスンのようすをみているだけでも迫力があり、みなさん真剣でこわいくらいでした。こういった基礎のレッスンはとても大事だけれど、最も大切なことは「演劇に対する情熱を忘れないこと」だそうです。

以前、私の小学校にも劇団四季の方が来てくださり、いろいろな話をしてくださいました。ですが、今回取材した内容は、知らないことだらけでした。とても刺激的で強く心に残る取材となり、いますぐにでも、公演を見に行ってみたい!と思いました。

劇団四季 https://www.shiki.jp/

記事:折谷紗朋子、北川百佳 取材:岩井晶奈、小笠原凛、小田あんず、折谷紗朋子、北川百佳 (2015.8.7)

横浜市営地下鉄センター南駅より徒歩12分、つづきの丘小学校向かいにある、緑色の看板が目印の菓子工房スグーリ。オーナーシェフの須栗さんは、専門学校を出たあと、有名店などで修行を積み、1997年に自分のお店をオープンしました。

お店の中に入ると甘い匂いが漂っています。ショーウィンドゥの中には須栗さんの工夫と想いがたくさん詰まった美味しそうなお菓子が所狭しと並んでいました。その中でも人気No1のシュークリームは、皮にのせられているカリカリなナッツと柔らかいクリームとの相性もがばっちりです。菓子工房スグーリのオススメ商品は、アイア・シュッケです。アイアシェッケはドイツのザクセン地方の地方菓子で、卵の入ったカスタードクリーム層、凝乳、チーズクリーム、クッキーなどの3~4層で構成されています。

今回の取材ではロールケーキのスポンジ作りを見せてもらいました。最初にたまご、はちみつ、グラニュー糖をいれてたまごを泡立てます。スポンジに甘みを出すためにはちみつを、表面の色を綺麗にするためにはグラニュー糖を入れています。たまごが泡立ってきたら小麦粉を2回に分けてふるっていれます。2回にわけていれることで小麦粉がだまにならず、しっとりとした味わいになるそうです。次に、予め温めていた牛乳を入れて、よく混ぜます。その後、油を少し引いた鉄板によく混ぜた生地を流し込み、180度のオーブンで12、13分じっくり焼き上げれば、ロールケーキのスポンジは完成です。

「1人前(プロ)のパティシエになるにはどうすればいいですか。」と質問しました。

「ケーキ屋さんは、素敵に見えて女の子の夢に多いけれど、立ち仕事が多いし、材料を混ぜるなどの力仕事が多いので、地味な仕事の積み重ねです」。パティシエは正確に分量や時間を測る几帳面さや、一日中工房の中で単純作業を続ける忍耐強さ、また仕事中はずっと立ちっぱなしで、さらに重い食材や鉄板なども運びます。パティシエは体力に根性、そして情熱が備わっていなければ、続けることが難しいかもしれないです。しかしその分、自分の作ったものをお客様が美味しい、といってくれた時は大きなやりがいを感じることができのだそうです。

取材で、ケーキを作るときの工夫や秘密をたくさん知ることができました。商品と名札も、絵や写真を入れて、より分かりやすく工夫されていました。お客さまに対するおもてなしの心と温かい気配りが、お客様に愛されている理由だと感じました。これからの菓子工房スグーリのお菓子にますます期待です。

菓子工房スグーリ http://www.kanto-cake.com/kanagawa/sugoulie/… 続きを読む

センター南の広場にいると、ときどき、カラーンカラーンと鐘の音が聞こえてきます。それは結婚式場「アニヴェルセル ヒルズ横浜」からの幸せあふれる鐘の音なのです。

アニヴェルセルという社名は、フランスの画家シャガールが描いた“記念日”を意味する「アニヴェルセル」という絵に由来するそうです。

建物の中には大きなチャペルがあります。何枚ものステンドグラスと約120人座れる椅子はヨーロッパに実在した教会の調度品を譲り受けたものです。白と青に統一された大きなチャペルは、とてもきれいで夢の中にいるような気持ちでした。チャペルの階段で行われる挙式はアニヴェルセルオリジナルで、オルガンの奏者や聖歌隊もいます。結婚式には、赤ちゃん連れのお客様もいますが、赤ちゃんが泣いてしまった場合、チャペルの横にマジックミラーの小部屋があり、その窓から式の様子が見えるようになっている、などの心遣いもありました。 アニヴェルセル ヒルズ横浜には、ウエディングプランナーがいます。ウエディングプランナーとは結婚式の打合せをしたり、当日の結婚式に立ち会ったりする仕事です。ウエディングプランナーの仕事は、新郎・新婦のおもてなしの気持ちが、招待したお客様に伝わるように、しっかり準備するお仕事です。

挙式後、ガーデンパーティができる場所があります。テントもあるので雨でも楽しむことができます。 … 続きを読む

都筑区勝田町にある、国の重要文化財「関家住宅」を取材しました。いつでも見学できる施設ではなく、年に1回ほど、横浜市教育委員会を通して、見学のイベントを行っています。今回お願いして、特別につづきジュニア編集局が取材させてもらうことができました。

「母屋」は築400年以上にもなります。15年前に、大規模な解体修理をしたそうで、その修理には、約3年もかかり、建築当時のようすが再現されました。その母屋に上がらせてもらうことができました。建物は1本の木を自然のまま梁に使っていたりと、すばらしい建築技術だということがわかりました。

当時のヤリや弓もそのままの形で保存されていました。主屋は、田の字の形に仕切られていて、その隣に「書院」という建物がありました。書院は昔、応接間として使っていたそうで、特別なお客さましか 入れなかったそうです。裏庭には、井戸もあり、災害などで、断水した時には、水を飲んだりできるそうです。 庭や主屋の面積を合わせると、1万㎡もあり、昔であれば、ひとつの町ができるくらいの広さです。

 

ここを保全していくために、地域の方にも協力してもらっているそうで、関さんは、そのボランティアの方達に感謝するために、母屋にある土間を使い、敷地内で取れたタケノコを煮たりすることもあります。つい2年半ほど前までは、ご案内いただいた関篤己さんのおとうさまが母屋住んでいたそうで、建物が活き生きと使われていることがすごいなと思いました。都筑区の宝物として、ずっと残してほしいと思いました。

記事:村田… 続きを読む

ジュニア編集局は、石巻日日こども新聞のこども記者との交流を中心に、東北とつながっています。1月24日、中川駅の住宅展示場ハウスクエア横浜 の中にある「シェアリーカフェ」で「なみのおと」という映画の上映会を、ジュニア記者の中島万賀さんがレポートしてくれました。 シェアリーカフェで行われた「なみのおと」上映会のようす

 

東北記録映画三部作のうちの第一部「なみのおと」は津波被害を受けた三陸海岸付近に住んでいる夫婦、姉妹、友 だちどうしの対話をとり続けたものです。 私がとくに印象に残った話は、津波に流され家と事務所を失った夫婦の話です。 家ごと津波に流され最後には筏のような状態になってしまったというお話に、… 続きを読む

都筑区の横浜上麻生道路沿いにある池辺町のDNPという文字がかかれた大きなビル。そこはなんと東京ドーム1個分の大きさがあるDNPテクノパック横浜工場という印刷工場なのです。今回取材させていただいた横浜工場では、私たちの身近にあるお菓子のパッケージや、牛乳パックなどの印刷を行っていました。

 

私たちはまず初めに、印刷の歴史について教えていただきました。「印刷」という概念は、なんと1200年前から存在していたそうです。最初の印刷は、版画のようなもので、木に一つ一つ手で掘っていました。日本最古の印刷物は、770年ごろのお経が書かれたものが法隆寺に残っています。外国ではドイツ人のグーテンベルグという人が金属を使った印刷機を発明、その技術は明治時代に日本に入ってきました。印刷とは、文化や情報を伝える大切で、社会にはなくてはならないものです。

実際に工場を見学しました。工場に入るには、見学用の服を貸していただき、素肌が出ないように、髪の毛が落ちないようにしっかりとガードしました。さらにエアシャワーを通るなど、印刷の工場が、食品関係の工場のように、ゴミや髪の毛、埃が入らないように気を付けていることに驚きました。「食べ物を直接入れるパッケージもあるため、十分に管理している」のだそうです。印刷には、直径が140センチほどある、とても大きなロール紙を使っているものもあります。一色ずつ、赤、青、黄、黒の4色を乗せて印刷するのですが、一色がすぐに乾き、次の色をのせられるように、約100度の熱風を吹きかけ、一瞬にしてインクが乾きます。

印刷が終わると打ち抜き、製函になります。打ち抜きとは、印刷された紙の余分な部分を切り取る作業です。製函は、打ち抜いた紙を折り目にそって組み立てる作業です。すべて機械にやってもらうことが出来、最後に社員さんがチェックをして、完成になります。印刷の工程はほぼすべて機械が行います。それでもたくさんの社員さんが働いているのは、良い製品を作るためには、最後には人間の力が必要なんだなと思いました。

帰りに、この工場で作っているパッケージを使った菓子をお土産にもらいました。印刷についてたくさん知ることができて、楽しい取材になりました。 DNPグループ http://www.dnp.co.jp/

記事担当:小笠原凛、梶原あゆみ、川上万菜佳、中島万賀、森田智大、直枝遼茉取材:梶村あゆみ、栗原大知、中島万賀、小笠原凛、森田智大、川上万菜佳、清水八雲、山田大輝、直枝遼茉、百崎佑

 

東京都目黒区自由が丘に本店がある亀屋万年堂。ナボナで有名ですよね。ナボナなどの、亀屋万年堂のお菓子を作っているのは、実は都筑区折本町の工場なのです。

まずは工場の敷地内にある直売所を見学させてもらい、亀屋万年堂の看板商品といえるナボナについてお聞きしました。工場副部長の中島さんによると、ナボナは一日に4万~8万個もの数が作られています。ナボナの特徴は、和菓子の感覚を活かしたどら焼き風の形状と、ソフトカステラの軽い口溶けのふわっとした食感です。ナボナを作る過程で最も苦労したのは、このふわっとした食感を開発したことだそうです。生地のきめ細かさを保つために材料の温度調節、粉糖の量など細かいところまで気を配り、製造しています。

亀屋万年堂の名前の由来は、創業者が修行をしていた「亀屋」というお店からのれん分けをしてもらいいただいた名前で、「万年堂」は、「鶴は千年、亀は万年」という言葉からきています。

亀屋万年堂の工場、とにかく広かったです。工場では衛生管理を徹底しています。工場に入るには、帽子と白衣と白い靴を着て、洗面所でマスクをして粘着ローラーをかけブラシを使って手洗いしたあと、エアーシャワー室でさらにクリーンにします。その他にも工場に入る従業員がケガをした場合、絆創膏は青色を使用するなどして、商品に異物が入った場合に、すぐに気がつくようにするなど、工夫しています。安全・安心・おいしい!が徹底されています。

お菓子ができるようすを見せていただきました。1個のナボナは20分で出来上がります。その全9工程全て見学させてもらいました。1.ミキサーで混ぜる 2.生地を絞る … 続きを読む

ホテルアトラスは、都筑区にある唯一のビジネスホテルです。センター南の北部病院の近くにあり、病院に来られる方も多く利用されています。他にもショッピングモールで働く人や、同じセンター南にある結婚式場を利用する人、横浜国際プールでの試合に出場する人や会社員の方などのお客さんが多いとのこと。一ヶ月に1800人から1900人が利用し、一年で2万人を超える利用者があります。また、宿泊者が一番多いのは3月で、都筑区の近くに引っ越してきた人が、新しい家に入るまでの間、このホテルに泊まることが多いそうです。

当日は、フロントマネージャーの大野木さんが案内してくれました。アトラスの名前の由来は、ギリシャ神話の「大地を司る神アトラス」から付けられました。ホテルアトラスでは「お客様の、財産と生命をお預かりする」ことを一番に考えてお仕事をされています。

ホテルのお部屋を見せてもらいました。シングル、ツイン、ダブルルーム、それから長期滞在のための、ミニキッチンや棚などがあるお部屋もありました。どのお部屋もきれいにお掃除されていて、ベッドメイクも気持ちよく寝られるよう、清潔に整っていました。 実際のベッドメイクをするところを見学させてもらったあと、じゃんけんで選ばれた4名のジュニア記者がベットメイクの体験をさせていただきました。 体験した、5分で作るベッドメイクの秘訣は・・・ 1.ベッドを動かし、2.シーツをかぶせ、3.シーツのシワをのばし、4、シーツを中に折り込み、5.布団を広げて、6.布団の後ろだけ折り込む。7.掛け布団をかぶせて、完成です。 シーツがとても大きくきれいに折り目を見せないように、しわにならないように、ベットメイクするのがとても難しく、思った以上に体力が必要だとわかりました。手伝ってもらってなんとかできたのですが、とても5分ではできないなあと思いました。

お掃除が終わった印として、客室には折り紙を鶴が置いてあるそうです。見た目は洋風なホテルですが、折り紙の鶴は和風なので外国人の方にも人気で、記念に持って帰る方も多いそうです。… 続きを読む

私たちのまちの中には、たくさんの大型ショッピングセンターがあります。その中でも都筑のランドマーク、観覧車のある「モザイクモール港北・都筑阪急」のことが知りたくて、取材に伺いました。

まず大きな特徴である、観覧車は、春夏は若葉をイメージして緑、秋冬は紅葉をイメージしてオレンジと、季節に合わせて色が変わります。建物を建設するとき に、観覧車を建物の中に組み込んで作りました。そのため観覧車は、風には弱いけれど地震には強いそうです。取材時に観覧車にのせてもらいました。取材の日 は曇っていて見えませんでしたが、晴れた日には富士山がみえる日もあるそうです。高さは67メートルあります。観覧車の籠は全部で32ありますが、1と 17の番号のついている籠は車イスのまま乗れるように少し大きめにつくられているそうです。

「モザイク」という名前は、小さなお店がたくさ ん集まって大きな輝きを発したいという願いからつけられました。その名の通り、現在百貨店とともに専門店約180ものお店が入っています。また、単なるお 買いものだけではなく、「思い出」をつくってもらえたらと、日曜日を中心にイベントもたくさん行っています。… 続きを読む

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